巻頭言
データ・ライブラリーについて


鈴木 達三
(個人会員)
 先日、久しぶりに協会のデータ・ライブラリ委員会に出席して、一瞬タイム・スリップしたかと、戸惑いを感じた。話されていることが30年前の委員会と余りにもよく以ていたからである。一般には、相変らずデータ・ライブラリは調査結果データの利用に重点があり、データ・アーカイブ(データ資料館)として理解されていないと感じた。

 しかし、データ・ライブラリの存在意義として上にのべた利用のイメージより重要なことは、先年の世界世論調査学会東京大会でも発表したように、新しく調査を企画するときに既存調査データの再分析をおこない、標本設計について、あるいは調査に取り上げる項目について、既存資料の情報を利用するところにある。すなわち、「調査法改善のためのデータライブラリの利用と役割」ということである。  これは、どのようにすれば「よりよい質問が作れるか」「よりよい情報を得るにはどうするか」、どうすれば「より信頼のできる調査データが得られるか」等のことに関連している。これらのことは調査法の研究者あるいは調査機関の専門家ばかりでなく、調査データあるいは調査結果を活用しようとしている調査依頼者(クライアント)の一番大きな関心事であると思う。

 これに関連したエピソードを二、三のべてみよう。はじめは標本設計の話題である。もう30年程前になるが、当時ミシガン大学政治学部にいたK博士が、日本の投票行動の研究で来日されたとき、全国調査の標本設計について相談をうけたことがある。 K博士は教科書通りにアメリカ流の層別多段抽出法を日本に当てはめた計画を立ててこられたが、われわれの通常の方法と異なる方式であったので、その計画では多分うまくいかないだろうといって、日本での方法を説明したところ、「なぜ、その方式がよく、自分のアメリカ流の方式がよくないのかキチンと示せ」ということになった。要は、2段サンプリングにおける地点内分散と地点間分散の大きさの問題であるが、データが手元になければ計算して示すことができない。たまたま統計数理研究所に既存のデータがあったので計算し、その結果を説明して理解してもらうことができた。もちろん、当時のことだから、計算は大変な労力をかけることになったが、これがアメリカ流の議論のやり方かなと納得したものだ。

 次は調査様式についての話題である。
しばらく後に、やはりミシガン大学の人口研究所のY博士が国際出産力調査の件で来日され、私のところに来られた。そのとき、日本における調査実施について厚生省の調査担当者と交渉しているが問題があるので何とかならないだろうか。問題は、この調査は質問紙を用いた面接による聴き取り調査法で、世界中共通に実施することになっているのだが、日本ではこのことが了承されなくて困惑しているということであった。世界各国の実態データを、比較可能な形で調査するのが目的であれば、調査様式を変更するのは問題である。しかし、調査の主題から考えて、日本では、これまでと同じ自記式調査の方が調査実施上の問題は生じにくいと思われたので、形式的に比較可能性を考えて面接調査してもうまく調査できるという保証はないから、日本の実情に沿った調査様式を採用したらどうかとすすめた。しかし、「調査の様式が異なると回答結果はどのようになるか」 といわれて、結局日本は国際比較研究からはずれることになった。

 いろいろな種類の調査を実施してその調査資料を利用可能な形で整理保管しておくことは必要なことであるが、これは個別の機関では不可能である。標本計画のときは幸い同種の調査資料があったので対応できたが、調査様式のときは、実態項目について、面接調査と自記式調査の様式の違いによる調査結果への影響は調査データがないので対応できなかった。調査も効率化、標準化、比較可能性を高めることが重要であるといわれている。そのため、調査実施過程を質問項目の選択、質問文の作成、回答選択法の選定等の調査票の構成、および調査対象者の選択(サンプリング)、調査員の訓練、実査(フィールドワーク)、調査票の回収整理、コーディング、集計等々とそれぞれの要素に分解し、各々専門部局が担当する流れ作業方式が一般的になっている。しかし、ミクロの合理性が調査システム全般にとってどうであるかを考えることも重要である。このとき、データライブラリに曹積されている資料を利用することができれば大いに有用であろうと考える。


これは「よろん」84号に掲載されました。

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