巻頭言
耐震強度偽装事件と調査業界


飯嶋 建治
(個人会員)
 今回明るみに出た姉歯建築士らによる耐震強度データの捏造事件は誠に遺憾な悪質犯罪であり、不正データに基づいて建てられたマンションとホテルは耐震性が非常に劣るため、建て直しを余儀なくされている。特に当該マンションの住民が受けた物的・心的被害は甚大である。

 調査業界においても類似の事件は起こりうる。かなり前、筆者が調査会社で海外市場調査を行っていたころ、東南アジアのある国で組織ぐるみのデータ捏造疑惑に巻き込まれ、ひどい目にあったことがある。この調査は時系列調査で、その前までは欧米系の有名会社に依頼していた。その年、ESOMAR大会で知り合ったその国の独立系の調査会社に見積を依頼したところ前の会社に比べ相当安い魅力的な値段を出してきた。ESOMARのメンバーであり信頼できると考え、依頼主の了解の下に調査の実施を委託した。しかし、納品されたデータの集計結果は時系列上の連続性が見られず、どう解釈すべきか悩ませられた。調査方法その他について詳細な説明を求めたが納得のいく回答が得られないため、原票を送らせ精査した結果、調査プロセス全般にわたり不正と調査員管理のデタラメさが見られると結論づけた。依頼主に事情を説明し、結局は前の会社に再度調査を依頼する羽目となった。疑惑の会社は不正は行っていないと言い続け、費用の後半金(前半金は支払い済み)を請求してきたが、当方はそれを言い続けるならESOMARに提訴するといって支払わなかった。結局、残金の請求は来なくなった。前の会社は値段は高かったのであるが、高いのには理由があり、サンプリングを含むフィールドワークにそれ相応の配慮が施され、バックチェックも完全に行われていた。全くもって「安物買いの銭失い」であった。

 昨年、当協会の団体会員が不正確なサンプルとデータを納品したとして依頼主から一時的にせよ締め出され、また当協会の叱責を受けた。このケースは、上記二例のような故意性は全く見られず、その意味では異質な出来事とも言える。しかし、標本と調査員の管理が十分でなかったため誤ったデータが混入したことは事実であり、この点については弁護の余地がない。問題を調査員に限って言えば、国内外の調査会社は数々の苦い経験を通じて「調査員は間違うものだ、そして時には不正をするものだ」との性悪説に立って、訪問調査では調査員ごとに何十%のバックチェックを行って不正の発見に努め、また電話調査では調査員のインタビューの内容をその場で常時モニターし、対象者の選び方や質問の仕方に問題がないかをチェックするに到っている。

 しかし、調査員という人間を調査プロセスに介在させている以上、問題は絶対になくならない。これを機に業界全体が決意を新たにして調査の質の維持と向上に取り組む必要がある。その一つとして、調査員の要注意人物を各社が報告し合う制度を設けてはどうかと思う。調査員は全国的に複数の調査会社を掛け持ちすることが多く、そのため一社で締め出しても、他社で悪いことをやられては業界としては意味がないからである。


これは「よろん」97号に掲載されました。