巻頭言
鈴木 督久(日経リサーチ)
世論調査の専門家は機会あるごとに、一般の人々に世論調査を理解してもらう努力をすべきだと思います。これまでも多くの方が指摘しているように、意外な誤解に驚く経験をするからです。人々は調査結果の報道には接していますが、結果に至る調査プロセスは完全には見えません。そこに疑義を表明する余地が生じます。
有識者が述べる場面から、ごく普通の生活者の日常まで、誤解が広く散見されます。すなわち、誘導・捏造・操作など、極論すれば「世論調査を信じる者は愚かである」というような見解です。
『世論調査の真実』という本を書きました。前半は一般向けに、調査の現場の説明をしました。選挙予測や世論調査は日常業務なので、書いていても面白くはないのですが、途中から上記のように思い直して、専門用語を使わず、ゆっくり丁寧に、想定読者を思い浮かべながら、心を込めて書きました。これまで専門書や論文しか書きませんでした。査読者に向かって書いていました。今回はじめて「多くの人に読んでほしい」と思いました。ダイアローグに登場する「お姉さん」は一般人代表のつもりですが、実在のモデルがいます。多少の脚色をしていますが、冒頭に指摘したような世論調査に対する偏見に直面したのです。
後半は専門家向けで、歴史と伝説を書きました。こちらはたいへん楽しく書きましたが、年寄りの昔話のどこが面白いのか、と思われるかも知れません。私自身も歴史物に対してそう思っていました。GHQの占領から日本世論調査協会の設立までの数年間を書いたのですが、これが実に楽しく書けました。史料を自分で探して確認し、世論調査の起源にリアルに迫る作業は興奮しました。専門家の皆さんも知らなかった内容があると思います。
これまで断片的に否定してきた内容をまとめて書きました。日本の教科書を書き直してほしいと思います。1936年の米大統領選の予測調査の伝説を、みなさんも流布していませんか? 200万人の偏った大規模調査より、代表性のある三千人の標本調査が勝利した、というかの有名な説教を。ギャラップの三千人の予測調査は存在しないのです。
政府世論調査をGHQが禁止した理由の通説も否定しました。世論調査の先輩諸氏の書いたものを、私自身もぼんやりと真実だと思い込んでいました。原典・史料を自分で確認することが重要です。すべてに対応できませんが、責任ある立場の原則です。
「読み書き能力」調査で語り継がれているペルゼル憲法も「発見」したと思います。すでに生存者がいないために確認できないのが残念ですが、トレイナー文書に含まれていました。先行研究もあります。つまり「再発見」です。”
この巻頭言は「よろん」128号に掲載されました。