巻頭言
池田 健夫(個人会員)
私が記者生活をスタートしたのは1987年だが、前年の衆参同日選での世論調査は、調査員が対象者を訪ねて投票意向などを尋ねる面接方式で実施された。
国政選挙の情勢を探る世論調査が電話調査になったのは、政治改革で衆院に小選挙区制が導入されたのが大きな要因だった。それまでは、中選挙区129で調査すればよかったのが300小選挙区と一気に倍以上となり、面接方式では対応しきれなくなった。
後を追うように、内閣支持や時の政治課題を聞く定例の世論調査も、電話調査に移行する。調査が、面接から電話に変わったことで、内閣支持率を軸とする定例調査は、月例化し、大きな政治問題が起きれば、緊急調査が行われることが定着した。
調査手法の変化に伴い「世論調査の常態化」というべき時代となり、世論調査の扱われ方は大きく変化した。政治家は月例調査の結果に一喜一憂し、小選挙区選挙は「首相選択選挙」でもあることから、内閣・政党支持が低下傾向になれば、党首おろしが始まる。選挙においても、政党や候補者自身が情勢調査に手を染めるようになった。こうした政治と世論調査の関係の中で、政治からダイナミズムが失われたように感じる。
世論調査の一時代を画した「固定電話」だが、若年層を中心に、固定電話に加入しない「携帯限定層」が増え、有権者を網羅できなくなった。日本世論調査協会と会員社の報道機関は2014年携帯電話を対象に実験調査を実施し、その結果を基礎とした携帯電話への調査で有権者カバー率を維持している。ただ、携帯電話の番号は住所にひも付いていないため、地域を限った世論調査には向かない。
固定電話にかわり、国、地方を通じて有権者に網羅的にアプローチできる仕組みが模索されており、関係者との合意だけでなく、社会の理解が不可欠だ。
マスコミ不信から、報道機関の世論調査への風当たりは強い。世論調査の結果とネット上の政治サイトのアンケートの結果がかけ離れているなどの指摘は、「世論調査」と「アンケート」の設計の違いに由来するものであるように、避けることができる誤解は多い。
「18歳選挙権」を契機に、主権者教育がクローズアップされたが、そこに「世論調査」を盛り込むことは、意義があると思う。報道機関の世論調査が民主政治の中で社会的インフラとして機能するには有権者の協力が不可欠だからだ。同時に、報道機関によって同じような質問に対して結果が異なるのはあり得ることで世論調査結果に正解はない、誤差幅が存在するため数ポイント程度の回答の変化はあまり意味がない-など、世論調査のイロハを知っておくことは、有権者にとっても世論調査の罠にはまらないために有用だ。
報道機関も世論調査の運用に当たって居住まいを正さなければならないのは言うまでもない。
この巻頭言は「よろん」129号に掲載されました。