日本の世論調査は始源が明確です。1945年以降の戦後体制のもとで政治・経済・社会が再構築され、世論調査もまた<科学的>と<民主的>を推進する政策の中で発展してきました。戦前から「世論調査」はありましたが、未熟でした。もっともそれは欧米でも実態は同様です。当時の日本は10年程度の遅れでしたが、先輩世代の努力によって数年間で世界を追い越しました。1945年から2024年までの約80年間の歩みを振り返ると「変わらぬ構造」と「激変した環境」が目前に出現します。
日本の世論調査は政府と民間で併存していますが、最初からこの形で出発しました。政府は1945年から現在の内閣府広報室までほぼ一貫しており、民間は1947年に官民で始めた「輿論調査協議会」を発展させ、1950年に日本世論調査協会に移行しました。
協会の構成員は報道機関、調査機関、研究者などの関係者が集まりほぼ変わっていません。調査技術は数年で世界水準に達したのですが、これは終わることなく常に理論と実践の現在的課題に向き合ってきました。本質的には「民意を測定した」と主張できる科学的根拠が重要です。世論調査にとっては統計理論と調査実践のどちらを欠いても根拠が揺らぎます。
一方、著しい変化は有権者とのコミュニケーション方法、つまり世論調査の実施方法に顕在化しました。最初の40年間は有権者のところに訪問して面接。次の40年は電話して聴取。対面から対話へと調査方法の主流が変わりました。そしてインターネット(および関連する技術)が浸透するデジタル化社会を迎えている現在、今後の世論調査はどのように対応すべきか、という問題は避けられない研究課題になるでしょう。人々の生活環境が変われば、調査の実施方法の最適解も変わる可能性があるからです。社会の変化は空間的にも時間的にも、(戦争や革命でない限り)ある日突然には変わらず、少しずつ着実に進みます。
対面・対話・画面――いずれも多くの有権者が誰でも容易に使えて、確実に調査への協力を得られる方法が求められますが、それは世代や時代や地域で一様ではありません。にもかかわらず世論調査はすべての有権者を等しく考慮すべき使命を負っています。科学的理論が不変でも、その理論を実現する現場や環境の変化に対応できなければ、理論は空論になります。現在の世論調査の課題のひとつはそこにあるでしょう。
この課題は社会のデジタル化が進展しつつある世界にとって共通ともいえます。しばらく国際会議を見送ってきましたが、世界世論調査協会(WAPOR)のアジア太平洋分科会(WAP)と連携する計画も進めています。国際事業を含めて、日本世論調査協会は定款に掲げた目標を実現するために、いくつかの委員会を通して活動しています。
80年前も先輩諸氏はその当時に所与であった条件のもとで理想の実現に向かってスタートしました。現在の私たちもまた直面する課題に対して、異なる条件のもとで努力することが使命だと考えます。世論調査の発展のために最善を尽くす所存でございます。世論調査をめぐるすべての関係各位に、ご理解とご支援をお願い申し上げます。
令和6年(2024年)6月4日
会長 鈴木 督久