調査現場が忘れているもの / 福島 靖男

巻頭言

福島 靖男(個人会員)

長い時を調査の現場で過ごしてきました。始めたころは高度成長の真っただ中、社会全体が上向きであらゆるものが拡大し、社会全体が活気に満ちていました。
調査結果には国民の期待感があふれ、市場には新しい商品が次々と現れては生活に取り入れられていました。

調査の現場は、ちょうどデータ処理がPCSからEDPSへ変わる時期でした。抽象的な意識や意見を数値に具体化するため、大量の調査票に囲まれ80欄のパンチカードと格闘しながら、出始めの玩具のような電算機で処理していました。
やがて、調査手法や分析技法など、新しい調査技術が盛んに開発されはじめ、これらの技術を応用した大規模調査が次々と実施され、そして、新しい知見が解明されていきました。
世の中の動きが手にとるように見えたのもこのころの経験でしょうか。

しかし、事実は小説よりも奇なりです。世の中の動きに調査技術が徐々に遅れ始めたのは、いつのころからでしょうか。
70年代には、経済成長はすでにサチュレートし始め、安定成長期に入りつつありました。
それにともない、人々の行動は多様化を求めて複雑な動きを示すようになり、従来の教科書通りの調査技法では、その動きを捉えにくくなりました。
80年代に入りますと、追いかけるように対象者のプライバシー意識の高揚による調査協力度の低下も始まり、調査現場は調査実施そのものの精度との戦いに、ほとんどの資源を傾注することになりました。
追いかけるようにバブルの発生と崩壊により経済は大波に翻弄され、生活は好むと好まざるとにかかわらず、ネット社会に組み込まれました。現在では、調査の現場でもこれらの困難な状況に対応するため、様々なアイディアが示され、試行錯誤が繰り返されていますが、残念ながら解消には至っていません。

ところで、翻って来し方を顧みますと、あながち調査環境の悪化を嘆くだけでなく、調査をお願いする側の姿勢も充分反芻する必要があるのではないでしょうか。
一つ調査票を取ってみましても、短絡的で誘導的な調査内容、難解で未消化な質問文、過分な調査量など、多分調査公害といわれるものの一つでしょう。
また、長年の慣れからか対象者の側に立って、環境の悪化を考えることは少なかったのでは、と反省しています。
あまりにも壁が大きく途方にくれるのも事実ですが、もう一度原点に戻り対象者への問いかけを密にし、信頼関係を再構築するのが、結局近道ではないでしょうか。
これが世論調査協会の担うべき役割でしょう。


この巻頭言は「よろん」101号に掲載されました。

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