巻頭言
坂元 慶行(個人会員)
「一寸先は闇」。と、昨年の総選挙ほど大勢の政治家が思った選挙もなかったのではなかろうか。
選挙が終わって「茫然自失」と漏らす自民党幹部もいた。「政権交代」という事前の予想を信じた人でも「ここまでとは」と思った人も多かったのではないか。筆者は大学の「確率・統計」の講義の枕で(と言っても4時間半も)、世論調査特にサンプリングの話をしているが、学生の関心も高く「ホントに当たるんだ」と世論調査を見直した学生も少なくなかったようである。
だが、ホントに喜んでいていいのだろうか。世論調査に限らず、統計調査が今いろいろな問題を抱え、かつてなかった程の苦境にあることは周知の事実である。
筆者は、1971(昭和46)年の統計数理研究所入所以来、40年近く、「日本人の国民性調査」に携わってきたが、最近は不安になることが多い。
回収率はどんどん落ち、最新の2008(平成20)年の全国調査では52%。やっと半分である。
こうなると、回答の質の低下もさることながら、回収率の低さからいろいろな不安が生じる。たとえば、「たいていの人は他人の役にたとうとしていると思うか、自分のことだけに気をくばっていると思うか」という質問に対して、「他人の役に」が、1978(昭和53)年の19%から2008(平成20)年の36%へ、30年でほぼ倍増している。
だが、昨今の社会状況などから考えて、この結果は直感に合うだろうか。この%の分母は、言うまでもなく、回収サンプル・サイズであるが、分母を計画サンプル・サイズに替えると、14%から19%へ、5ポイントの増加に過ぎない。
特に、1983(昭和58)年以降の25年間に限ると、前者の計算方式だと24%から36%へ、12ポイント増だが、後者だと18%→20%→19%と停滞してほとんど変化はなく、随分様子が違う。(調査結果の解釈にあたっては「他人の役に」という回答の真意をまず吟味しなければならないだろうが)回収率の低下だけでこれだけの違いが出る。
「調査員は昔も今も同程度の熱意で調査にあたった」と仮定すると、後者は「同じ刺激を有権者全員に与えたときの反応を見たもの」と、解釈も明快である。
筆者は、かつて、「ある調査で(常識に反して)女性の有職率が上がらないのだが、なぜ?」という質問を受け、「有職者は調査不能(つまり、回収率の低下)になりやすいので、(回収率に無頓着な調査で)分母を回収サンプル・サイズにすると有職率は上がりにくいのでは」と見たことがある。
上の場合も類似の現象が起きていないだろうか。ともあれ、回収率がどんどん落ちてくると、調査結果も「一寸先は闇」。闇の中から鬼が出るか蛇が出るか。しかし、だからと言って、回収率を下手に取り繕ったりすると事態はさらにわるくなるだけである。
この巻頭言は「よろん」105号に掲載されました。