巻頭言
平松 貞実(個人会員)
「内閣支持率」調査が多い。多いだけではない。調査結果に政治家は一喜一憂し、首相の交代や国会解散の時期を世論調査の結果で考えさえしている。これぞ民主政治と言うことも出来るが、これはポピュリズム政治、とも言えよう。「世論調査の自由」というものがあるだろうが、現在の政治状況を見ると異議をとなえたくなる。
主要マスコミが毎月のように内閣支持率を調査し公表している。どの調査の結果も内閣支持率の変動を同じように示すから、世論調査の“正確さ”に驚いている。世論調査をしている人の努力を多とし、その点では異議はない。では、何に異議があるのか。私の調査観に照らしての異議である。
第1は、質問紙面接法が当たり前でフィールドでの苦労が調査の命と育った私には、現在はフィールドへの関心が薄らいでいるように見える。調査出来ないことは出来ないと言うことも調査倫理であろう。
第2はテーマへのアプローチの仕方である。市場調査では一つのテーマを複数の調査で追った。内閣支持を1間での調査でよいのかと思う。
第2はテーマへのアプローチの仕方である。市場調査では一つのテーマを複数の調査で追った。内閣支持を1間での調査でよいのかと思う。
第3は調査の事後的解釈は慎めと教わりそれを守ってきた。内閣支持率調査は変動の原因解明が簡単過ぎる。内閣支持率調査に以上の3点で不満を感じている。
質問と回答の形式の違いと調査結果との関係に興味を持ち、回答形式を違えて比較する実験調査をしたことがある。橋本内閣の時だからずいぶん古いが紹介しよう。
「支持する」「支持しない」と2択だと「支持」は30%、4択にすると39%。回答を「是非続けてほしい」「続くのはやむをえない」「総辞職すべき」「国会を解散すべき」では3%、56%、21%、1%、無回答1%、であった。「支持」とは言えないが「続けよ」が合わせると59%である。回答形式を変えるだけで数字はこれだけ動く。
民主党と自民党のどちらも政権を担当する可能性が出てきた現在の政治情勢ではこれまで以上に内閣支持率に注目が集まる。両党とも政権にあるときは「内閣支持率」に振り回されている。世論調査が悪いのではない、振り回される方が悪いのだと言えばその通りである。
しかし、たった1問で表層の意識を捉えたと思われる調査結果を発表し、調査結果の解釈はご勝手にという方に責任は全くないと言えるのだろうか。内閣がまだ出来上っていないのに支持率の調査、複雑な交渉を必要とする連立を簡単な選択肢を提示しただけでの調査、誰が首相に望ましいかという安直な調査、などの世論調査には調査する側の良識を疑いたくなる。
「選挙」と「世論調査」は別のもの。そのどちらも良い働きをしなければならない。世論調査がポピュリズム政治の共鳴箱であってよいはずはない。
この巻頭言は「よろん」106号に掲載されました。