世論調査の発展の新しいエポック / 真鍋 一史

巻頭言

真鍋 一史(青山学院大学)

社会測定の技法にはさまざまなものがある。それらは、いずれも「社会的要請」と「学問的要請」に応えるという期待を担っている。前者は、それが現実社会で役に立つという側面であり、後者は、それが学問(とくに科学)という人類の知的営為に寄与するという側面である。

「世論調査」という技法は、この両者の側面がきわめて鮮明に確認できる典型的な一例といえる。まず前者については、それが、「一般意志に政治を常に一致させなければならないという一種の政治的自動制御機構(feedback system)への要求」(京極純一『現代民主制と政治学』岩波書店、1969年)にもとづいて実施されてきたことを考えるならば、このことは容易に納得できるであろう。確かに、世論調査は、この側面で大きな貢献をしてきたといえる。

 つぎに後者については、世論調査という技法の開発以来、社会科学の領域においては、人間の行動と社会の諸相をめぐる科学的な「知の蓄積(cumulative knowledge)」に大きな飛躍がもたらされた。

さて、現在、この両者の側面において、さらなる飛躍をもたらす契機ともなるべき現象が新たに生起し始めている。それは、世論調査という技法を使った「国際比較」の試みである。その嚆矢ともいうべきものが、「ユーロバロメーター」や「ヨーロッパ価値観調査」の実施である。じつは、このような調査活動は、EUの出現という社会的出来事と切っても切れない関係にある。それは、社会や国家の統合が、単なる制度や通貨の統合だけでは不可能で、やはりそのためには、そこで生きて生活している多くのさまざまな人びとの「ものの見方、考え方、感じ方、行動の仕方、さらにそれらの根底にあるとされる価値観」の“理解”と“共有”が不可欠となるからにほかならない。このような社会的要請にもとづいて、これらの調査プロジェクトが企画されることになったのである。この意味で、「ユーロバロメーター」や「ヨーロッパ価値観調査」は、ヨーロッパの社会的現実のなかにあって、きわめてアクチュアルなものであるといわなければならない。

翻って、日本の現状はというと、このような海外の動向に触発されて、ようやく国際比較調査の試みがなされるようになってきた。しかしその多くが、いまだ言葉の真の意味で、アクチュアルなものとなっていないのではなかろうか。鶴見和子の用語でいうならば、今こそ、そこには「内発的発展」が求められているのではないだろうか。そうすることによって初めて、世論調査という技法が、一方で新しい社会発展に寄与するものとなるとともに、他方で社会科学の領域に新しいブレークスルーをもたらすものとなると考えるのである。


この巻頭言は「よろん」107号に掲載されました。

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