巻頭言
小島 秀夫(茨城大学)
横断的意識調査は多く実施されているが、個人の態度や意識の変化が理解できないという不満がある。私の研究領域の1つである教師の職業的社会化研究においてもそうである。
職業的社会化とは職業に必要とされる知識・技術や価値観などを内面化することであるが、個人の職業能力がどう発達するのかを理解するためには、同一個人を対象として時間をおいて調査するパネル調査が必要である。
しかしながら、パネル調査は時間がかかったり、対象者を追跡することが困難であるなどの理由で、日本では実施されていなかった。
パネル調査の必要性を学生の頃から認識していたこともあり、将来パネル調査を実施することを念頭におき、1984年から86年にかけて勤務する茨城大学の教育学部生約1,000名を対象に調査を実施した。
その後、1991年に第1回のパネル調査を実施した。第1回のパネル調査では803人に調査票を送り、592人から回答を得ることができた。そして、2011年に第2回のパネル調査を実施した。
以下では、この調査での体験などを紹介してみたい。
第2回のパネル調査も対象者の氏名、住所や教職についているかどうかの確認作業から始めた。しかしながら、第1回パネル調査の時とちがって、教職員名簿などが発行されていなかったり、名簿に必要な情報が記載されていないなどの事実が明らかになった。
したがって、今後は対象者を追跡することがより困難になると予想できる。ついで印象的だったのは、電話に対する不信感が非常に強いということである。学生時代の調査対象者全員について、現在教職についているかどうかを調べ、不明な場合には実家などに電話で問い合わせたが、不信感が強く回答を拒否されることも多かった。
こうした調査環境の悪化をどう改善していくかが課題であると強く感じた。忍耐のいるこうした作業の後598人に調査票を送り、309人から調査票を回収することができた(回収率51.3%)。
このパネル調査のデータは現在分析中であるが、当初は予想もしなかったような分析が可能であることが明らかとなった。
たとえば、第1回と第2回のパネル調査に回答した人と、第1回パネル調査には回答せず第2回パネル調査に回答した人との間で、意識などに差が認められるかどうかといった分析も可能である。こうした分析は、古典的な問題である「無回答」の問題にわずかな光をあてることになることが期待できる。
この巻頭言は「よろん」108号に掲載されました。