現代社会・現代人を構造化してとらえたい / 藤原 功達

巻頭言

藤原 功達(元NHK放送文化研究所)

私たちは、実にさまざまな社会調査データを日常の生活に取り入れている。それが本来、何を目的として、どのような手続きや方法で得られたデータかはあまり問うことなく、自分たちの利用目的に都合よく合致するので、気軽に利用しているということもあるだろう。
こうした利用が「世論調査」データが本来持つべき効用とか限界から逸脱してしまうことも少なくないだろう。また、「世論調査」を実施する調査主体が、調査結果の分析・報告に際し、お座なりの、ルーティン化した処理しかしないことも「世論調査」の価値をおとしめる結果につながっていることが多いのではないか。

そうはいっても、今日では、新聞・テレビなどが実施する「世論調査」はマスメディアによる国民世論の形成にきわめて大きな役割を演じている。
私たちは、マスメディアが実施した世論調査の結果として報じられたものは、いささかも疑うことなく今日の世論状況だとみなすだろう。しかし、いうまでもなく、ある特定の「世論調査」が捉えて、伝えたものがその時の「世論」だなどというわけではない。

ところで、私が永年にわたって携わってきた「世論調査」の多くは、政治・社会の諸問題についての「世論」や「意見」を調査するといったものではなく、一般の人々の日常生活の実態や生活意識とその構造的特徴を捉えようとするものが多かった。
「テレビに関する意向調査」とか「番組の視聴率調査」、「国民生活時間調査」などである。人々の日常生活に密着した、こうした「調査」では、調査の企画者と調査相手(対象者)とのコミュニケーションがきちんと成立することが肝要である。企画者が知りたいことと調査相手が答えたいことが響き合うことこそが質の良い「調査」に不可欠の条件である。

「世論調査」は、現代社会を、現代人を構造的にとらえ、記述するものとして、明らかに市民権を得ているといえる。しかし、いくつかの限られた質問・選択肢を利用して人間の意識構造のモデルを構築することはかなりの困難を伴う。
現代のロボット工学ではかなり出来の良いロボットを作りだすことができるようだが、制限の多い、文字通り手造りの社会調査・世論調査をもって現代人の意識を構造化することは全くと言ってよいほど困難なことであろう。しかし、困難ではあっても不可能なことでは決してない。倦まず弛まず、挑戦し続けることこそが肝要であろう。


この巻頭言は「よろん」113号に掲載されました。

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