世論調査における郵送調査法の再評価を求めて / 林 英夫

巻頭言

林 英夫(個人会員)

JAPORとJMRAの会員社その他を含む90社ほどの調査会社のウェブサイトを検索したところ、僅か数社が郵送調査を提供サービスに掲載しているに過ぎない。
わが国の主な世論調査の実施件数の60%以上が郵送調査で実施されている現実とは無縁のようである。
対照的に、インターネット調査をメニューに挙げていない調査会社は皆無に近い。
他方、世論調査ではRDD法による電話調査が全盛である。迅速性を優先する昨今の風潮からして、今なぜ郵送調査かという声もあろう。
返送率と実査期間がトレードオフにある郵送調査では長期にわたる実査期間が弱点ではあるが、コストだけにとらわれず利点を再評価してみる必要があろう。

関西のある中都市の自治体に協力し、過去12年間に4年ごと3回にわたり、選挙人名簿から系統抽出した2,700名前後の住民を対象に郵送調査法で実施した市民意識調査の事例を紹介してみる。
悪化する実査環境下にあって、返送率は1990年が63.7%、94年が67.0%、98年が72.2%と着実に上昇している。全国で郵送調査法により実施された主な世論調査の返送率が、90年55.2%、94年55.0%、98年54.0%と漸減傾向にあることと対比し、成果は歴然としている。
この調査は、ほぼ同一主題で質問項目数130前後、謝礼品は使用されていない。

このような成果が得られたのはなぜか。
調査のたびごとに、依頼状の形態(別紙・質問紙の表紙)と公印の有無、発送・返送郵便の種類、質問紙の返送先、印刷面(両・片面)・サイズ・カラー・イラスト、整理番号・記名の有無、予告状の送付、催促状の送付回数、「質問紙返送済みはがき」の使用など14要因を実験的に操作し、有効性が確認された要因を次回の調査に反映させてきたからである。

同一調査の費用見積りを複数の調査会社に依頼した体験だが、訪問回収を勧めるところが多く、見積り金額の幅も極めて大きかった。
郵送調査法のノウハウが乏しいのである。業界でも学界でもその方法論的研究があまりなされていない。

郵送調査法は万能ではないが、工夫と努力次第で返送率を高める余地が残されている。
個人情報保護への関心が高まっている時代にあり、調査に協力するか否かが回答者の意思にこれほど委ねられている方法は少ない。確たる実証的な証拠に基づくこともないまま、既成概念にとらわれ、欠点だけをあげつらい、郵送調査法をいつまでもマイナー視、ダーティー視する偏見を正してみる必要があろう。

この悪循環を断ちきるためには、調査関係者が一致して調査対象者のプライバシー保護、匿名性遵守について正しい認識を持ち、これを確実に実行することが極めて大切である。
そしてここでいう「調査関係者」の中には、世論調査協会の会員のように伝統的な方法について実績のある者ばかりでなく、インターネット調査に全面的に依存する「新」調査関係者をも含まなければならない。
技術の発達の著しい今日ほど倫理の裏付けが必要なのは、医療やバイオの世界だけではない。


この巻頭言は「よろん」90号に掲載されました。

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