改憲問題に世論調査はどう対処するのか / 広部 雄一 

巻頭言

広部 雄一(個人会員)

30年以上前の話になるが、林知己夫先生の講演を聴く機会があった。
その時に「標本調査の回収率は80%が目標」「サンプリングが駄目なら全部駄目」「最近の調査はデタラメなことをしているものがある」等々の話を聴き、まだ若造であった私はショックを受け下を向いて帰社した記憶がある。
当時の我社での回収率は70%を少し超える程度であったと思うが、その差を縮めるために自分なりの挑戦をした。
目標に達することはできなかったが(逆に年が経つごとに差は大きくなっていった)、調査員の質と指示の問題、調査テーマの問題、調査主体の問題等で回収率に変動があることなど多くのことを学ぶことができた。
このような記憶がいまだ残っているのか世論調査と聞くと、調査方法は、サンプリング方法は、回収率は、質問文は、とその結果よりも信頼度の方に目が向いてしまう。

最近、憲法改正の論議が表面化してきた。
国会の討議の場においてさえ間接話法ではあるが憲法改正に係わる内容の質疑・応答が早くも行われている。また、財界においても年初に日本経団連が改憲提言を正式発表した。
外堀は埋まったのであろうか。勿論、憲法改正には国民投票が不可欠であるので、本丸は国民である。

しかし、肝心な国民投票に関する法案はいまだ国会に提出されていない(今通常国会に提出との話はあるが)。
提出されれば「国民投票ができる国民の範囲」「過半数の母数の定義」「投票率の下限の取決め(50%未満のときは無効など)」など論議を呼び、国民の憲法に対する意識も高まるであろう。

この両案件に世論調査はどのように対処するのであろうか。
憲法問題のような難解な問題の意見を調査することは意見調査の中でも難しい部類に属すると思う。
しかし、幸いにも憲法改正案や国民投票法案は時が経つにつれその内容が具体化する案件であるし、最終的には国民投票という投票行動で完結する。憲法改正はいまだ経験のない事ではあるが、世論を測定するには研究者も実務者も恰好の材料になるのではと思う。

しかしながら危惧する点もある。この種の意見は難解なるがゆえに公表された世論調査結果やマスコミ等によって発信された情報に左右されることが充分考えられる点である。
信頼性に欠ける結果を公表し、ミスリードすることだけは避けなければならない。
何故ならば、憲法は安定性を有する国家の基本法であるから、改正には強度の制限を持つものである。
平たく言えば、もし憲法改正が現実のものとなれば大多数の人にとって、最初で最後の経験になる可能性が大であると言うことである。
世論調査としては科学的な方法で捉えた結果を調査時点における世論として正確に発表することしか方法はないのであるが、公表を前提に企画される世論調査の設計に当たっては“ベターよりベストな方法”での実施を切に希望するものである。


この巻頭言は「よろん」95号に掲載されました。

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