巻頭言
江利川 滋(TBSテレビ)
「テレビの調査」というと、報道機関としてテレビが行う「世論調査」もあるが、世間一般では「視聴率調査」を思い浮かべる人も多いだろう。本来、ここでは世論調査を論じるべきだが、筆者が民放テレビの視聴率所管部局(マーケティング部)に所属しているので、業務を通して昨今感じる“データによるテレビ視聴状況把握”の動向変化について報告したい。
視聴率調査にも各種あるが、民放では機械式視聴率調査のデータを用いている。標本世帯のテレビに測定機を付けて稼働状況を逐次記録する調査は、日本では1961年にニールセン(2000年撤退)、1962年にビデオリサーチが開始した。改良を重ね、現在、関東(標本数900世帯)・関西(同600世帯)・名古屋(同600世帯)各地区では、放送翌日のリアルタイム視聴率報告に加え、放送から168時間後までの録画再生率(タイムシフト視聴率)も報告されている。データには「世帯視聴率」と視聴者属性ごとの「個人視聴率」がある。
対象世帯の無作為抽出で代表性を担保した標本調査による視聴率は、国民の関心事や社会の動向を示す社会調査的な側面を持つとともに、テレビの広告効果指標として取引にも使われる。特に広告媒体の評価指標としては、「昨日の結果が今日わかる」「個人属性別の結果もわかる」など、他媒体のそれよりも速報性・詳報性に富んだデータと評価されてきた。
しかし、昨今、広告主から「これでは足りない」との声が聞かれる。それはインターネット(以下、ネット)広告に関する、いわゆる“デジタルデータ”と比べてのことである。
例えばネットのサイトを閲覧すると、利用者のPCやモバイル端末がデータサーバに表示データを要求し、サーバには利用者全員のアクセスログが残る。その意味で「全数データ」とも呼ばれるこの巨大なログから、サイト上の小規模なネット広告でも接触数がわかり、商品やサービスの購買データと結合すれば購買への広告の寄与も分析可能という。こうしたデジタルデータに比べ、視聴率はテレビCMの接触量把握に留まり、視聴者属性で細かく絞り込んだセグメント分析も標本数の制約でままならないため、「足りない」のだという。
だが、近年はテレビも全体の3割程度がネット接続されるようになった。機器メーカーやテレビ局は、そうしたテレビから“いつどの局を受信したか”という作動状況ログ(視聴ログ)を、標本調査の標本数より遙かに多い数十万件以上の規模で収集可能である。まだまだ技術面や運用面などでの課題は多いが、そうした視聴ログをテレビ視聴の「全数データ」としてネットのデジタルデータと結合し、利用しようとする動きが見られ始めている。
とはいえ、現状のテレビのネット接続率では、視聴ログがテレビ視聴全体を捉えているとは言いがたく、その点で標本調査の優位性は未だに高い。しかし、ビジネス上の要請により、テレビ視聴分析でも、代表性より件数勝負のログ分析にも注力せざるを得ない情勢である。
この巻頭言は「よろん」122号に掲載されました。