ウェブ調査は世論調査に適用可能か?

巻頭言

大隅 昇(個人会員)

最近、米国ではRDD方式電話調査の環境が急速に悪化し、回答率が1桁台のこともあり、調査機関によっては調査方式の変更を余儀なくされているという。要因として固定電話減少とモバイル端末の増加、人口統計学的要因の偏り、あらたなデジタル・ディバイドの存在、調査への信頼感の低下などが指摘されている。

欧米には世論調査に用いる確率的パネルがいくつもある(LISS、KnowledgePanel、ATP:American Trends Panel、AmeriSpeakなど)。Pew Research Center のATPは、ついにRDD方式をやめABS方式(米国郵政公社CDSFの住所情報に基づく抽出)で得た確率的パネルとし、回答はウェブ方式で集める方法に切り替えた。インターネット非利用者にはタブレットと無線インターネット接続環境が提供される。AAPORも最近、電話調査から混合方式への移行に関するタスクフォースレポートを発表した。このように調査環境の悪化に対しかなりの危機感をもっているようである。

かつて日本にも、ある調査会社が某新聞社の委託で運用していたATPに類似の確率的パネルがあった。確率的パネルに近いウェブ・パネルを保有する調査会社もわずかだがあったがもはやいずれもない。危機感をもって模索する欧米で登場した新たな方法が、日本では消えてしまったそれに同じとは、なんとも皮肉で複雑な気持ちになる。

世論調査報道についての動きもある。最近CNNは、世論調査報道の評価指針「透明性に関する質問項目」(CNN’s Transparency Questionnaire)を公開し、ニュース源とする世論調査はこれらの要件を満たすことが望ましいとしている。たとえば、非確率的パネルやウェブ調査を用いるとき、登録者勧誘方法、パネル構築方法、調査対象者の選出方法、勧誘率、利用モバイルブラウザなどの情報開示が必要としている。挙げられた16の項目はいずれも常識的な内容であり、これをあらためて念押しせねばならぬほど深刻な状況にあるのだろう。

一方、日本国内は商用の非確率的ボランティア・パネルのみである。これを世論調査に用いるとさまざまな偏りを生むことは過去の多くの実証研究が示している。メディア報道やウェブ上に流布する調査報告、一部の学術研究報告で、調査設計の詳細や重要な評価指標(勧誘率、参加率、中断率など)が開示されることはない。こうした報告を信用してよいかはなはだ疑問である。さらに、非標本誤差(観測誤差、非観測誤差)評価、パラデータの取得分析、混合方式と調査方式効果の検討、調査倫理の検討と、課題は多々ある。

さいわい日本には優れた抽出枠(住民基本台帳や選挙人名簿)があり、これを活かした確率的パネル構築が可能である。筆者もかつて実験調査でこれを多用し確率的・非確率的パネル間の比較検証を行った。しかし確率的ウェブ・パネルが皆無のいま、新たな方策の検討が喫緊の課題である。

確たる証拠もなくウェブ調査は信頼できないとすることも、便利だからと十分な検証もなく濫用することも生産的とはいえない。要はウェブ調査の「使い道」、つまりどういう場面でウェブ調査が有効かを科学的に検証することが緊要である。 最近、住民基本台帳に基づく確率標本を用いた混合方式(ウェブと郵送)による世論調査の実証研究もみられるようになってきた。今後こうした研究が良い方向に進展することを期待してやまない。


この巻頭言は「よろん」124号に掲載されました。

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