「1%の民意」をつかめ!

巻頭言

吉野 諒三(同志社大学)

「科学的世論調査」とは、標本誤差が精確に計算できる統計的無作為標本抽出による世論調査のことである。調査の専門家の世界で「世論調査」といえば「科学的世論調査」を意味し、「意識動向調査」や「アンケート」とは峻別される。

標本誤差の精確な計算は、予め抽出された計画標本に対する回収率が100%であることが前提とされる。世論調査の方法を用い、戦後から長年継続されている国立国語研究所と統計数理研究所による言語調査の当初は、90数%という今日では羨ましいほどの高回収率を得ていたものもあるが、当時の調査者たちは100%にできなかった事情を厳しい反省を込め詳細に分析し、統計的に厳格な手続きで補完標本を当てていた。

今日では面接や郵送による調査では60-70%台でも高回収率と思われるようになり、50%台でも普通になってしまった。携帯・固定電話RDDの「本当の回収率」は20%程度ではないかとも推察される。昨年秋の世論調査協会や政治学会のシンポジウムでの数々の報告は、「科学的世論調査」と現状の乖離を熟慮させずにはいられなかった。

しかし、逆転の発想をしてみよう。「科学的世論調査」では、1-2%程度の差違は標本誤差や実践上の非標本誤差のうちに消えてしまう。「内閣支持率が先月より1ポイント上がりました」などは、統計的には保証できない。しかし、日本人全体1億人程の1%は100万人である。もし、失業者や生活保護を必要とする人々、あるいは感染病者が100万人増えたとしたら大事件、大災害である。

科学的世論調査は、常に日本人全体の世論を把握し民主主義を守るために不可欠であるが、掴みがたい人々の実情を詳らかにするにはあまりにも粗い。政府もマスコミも人々の不満は把握しておかねばならないが、他方で人々の不満は移ろいやすい世論に流されては解決できないことも多い。「アラブの春」を見れば分かるように、政府が民衆の高まる不満を的確に掴んでおかねば転覆されることもあるが、その後リーダーなき民主選挙の結果が以前よりも社会に混乱をもたらし、かえって民主化に逆行してしまうこともある。

通常、WEB調査やSNSのビッグデータ解析などはいかに「補正」を装っても、「科学的世論調査」とはほど遠い。
しかし、敢えて通常の世論調査では捉え難い人々の少数意見を積極的に掴み、政策立案に資するための有益な手段とする可能性はあり得る。困窮している人々は、しばしば、団結どころか声を上げる余裕もなく、社会に埋もれがちである。飽くまでも「世論調査」とは峻別し、特定集団や全国に散在する特定の状況にある人々の「少数意見」を求めて「意識動向調査」を進めるのも、世論調査専門家の役目ではないか。


この巻頭言は「よろん」127号に掲載されました。

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